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助手席物語

助手席物語 #海岸線

「男と女とクルマがあれば、映画は作れる。」
フランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールはこんなことを言ったそうだ。大した事
件が起こらなくても、ほとんど印象的な内容などなくとも、この3 つの要素が揃えば画に
なるということだろうか。ミサキが実家から持ち出してきたホームビデオを持ってドライ
ブに出かけようと提案したのは、ちょうど季節がおそろしく暑い夏へと傾きかけていた頃
――僕とミサキが付き合い始めて3 回目の6 月のことだった。

二人で出かけるとき、運転するのはいつも僕だ。ミサキは決まって助手席に座り、音楽を
かけたり話したり、少し眠ったりする。本当はずっと起きていて欲しいけれど、ゆったり
としたシートだから寝心地もいいんだろう。まあ、寝息を立てる彼女の横顔を見ながら運
転するのも悪くない。いつもより丁寧にブレーキを踏んだりして。彼女がかけるのは僕の
よく知らないマイナーなバンドのアルバム。何度かそのバンドの話を聞いたこともあるけ
れど、結局よくわからないので立ち入らないことにしている。ミサキだって別に僕に理解
してもらいたいなんて思っていないみたいだから気にしていない。一応言っておくけど僕
だって音楽を聴かないわけじゃない。好きなジャンルが違うのだ。方向性の違い。もしも
僕らがバンドだったら解散してしまいそうだけれど、僕とミサキはうまくいっている。
今のところ。

今日のドライブの目的地は、とりあえず須磨の方。何か撮りたいものがあるわけではない。
なんとなくクルマを走らせて、いい場所があれば止めて、ちょっと歩いてみる。お腹が減
ったらカレーでも食べて、疲れてきたらコーヒーを飲んで休憩しよう。普段ならミサキは
何も決めないで出かけるのを嫌うけれど、今日は何も決めずに出かけてみよう、なんて言
い出したのはミサキの方なのだ。几帳面なのかユルいのか、はたまた気まぐれなのか実の
ところ未だによくわからない。僕にしてみれば彼女は天気みたいなもので、晴れたりもす
るし雨が降ったりもする。それで僕はそれに合わせて洗濯物を干したり傘をさしたりしな
がら、うまくやっている。

左手には少し霞んだ海が見えて、右手は須磨浦公園。このまっすぐな道が好きだ。僕らの
赤いデミオの隣を、同じく赤いロードスターが抜かしていった。

彼女は隣で、ホームビデオなんて言葉、もう誰も使ってないよとクスクス笑っている。う
ん、そうかもしれない、なんて僕は相槌を打った。だけどミサキの実家にあった「ホーム
ビデオ」は本当に「ホームビデオ」としか呼びようのない代物で、まだちゃんと録画でき
ることが奇跡のようなものなのだ。それで、さっきから彼女は僕を撮っている。僕は知っ
ているけど、気づかないふりをして運転を続ける。夏の気配を忍ばせたぬるい空気の中、
海岸線を抜けていく。

助手席物語_第一話 #海岸線

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