助手席物語 #摩耶02
私は自分のiTunesの曲に飽きたのでオ
ーディオをFMラジオに切り替えた。
名前も知らない最近のバンドが、知ら
ない曲を歌っていた。何かのCMの曲
だっけ、あまり興味がないので別の局
に合わせてみる。次の局からはビヨン
と伸びるような小気味いいギターのイ
ントロが聞こえてきた。聴いたことが
ある、この曲。なんだったかな。
単調に歌詞を読み上げるように歌う、
気だるそうな男の声。リズムを刻むハ
イハットの囁きのような音が、どこか
遠くから聞こえるように響く。
不意にカサイ君がふっと笑った。
「どうしたの?」
「イギー・ポップ」
「が、どうかした?」
長らく走り続けたクルマは、摩耶出口
から湾岸線を降りたところの信号でよ
うやく小休止を得た。
「この曲」
「あ、そうなんだ」
なるほど私の守備範囲ではない。カサ
イ君は高速を降りてホッとしたのか、
嬉しそうに話しだした。
「イギー・ポップは一時期デヴィッド
・ボウイとすごく仲が良くって、一緒
にツアーを回ったりしてたんだって」
「へえ、知らなかった」
「でもイギー・ポップはクルマも運転
免許も持ってなかった。それでデヴィ
ッド・ボウイの運転するクルマの助手
席に座って延々ドライブしてたんだっ
て」
「なんかかわいいね」
「スターが並んで座って、ドライブし
てるの想像した?」
「うん、仲良しのおじさんが二人で」
「1970年代の話だから、当時はまだお
じさんじゃない」
「あ、そっか」
視界の左端で花が咲いているのが見え
る。深緑の中にピンクが映えている。
きれいだねと指差そうかと思ったが、
話の腰を折ってしまいそうなのでやめ
ておいた。
「それで、その時のことを歌ったのが
さっきの『パッセンジャー』って曲。
まあ早い話が、助手席サイコーって歌
なんだけど」
「なるほど、だから笑った」
「そうそう。なんかすごい偶然だなと
思って笑ってしまった」
「はは、私イギー・ポップと同じこと
言ってしまった」
王子公園まで4.2キロ、と標識が告げて
いる。高架の下の陰った道をぐるっと
曲がっていく。こうやって偶然、文脈
がシンクロしてしまうことってある。
それまでの出来事がすべて、シンクロ
して起こる出来事の序章になってしま
うというか。カサイ君はそんな偶然を
なぜか人一倍楽しむ癖がある。嬉しそ
うにまだクスクス笑っている。そして、
まだ運転には疲れていないようだ。
(完)
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