助手席物語 #阪神高速7号/7年後
実を言うと、そろそろデミオを乗り換
えようかという話をしていたところだ
った。もう7年目になるのだ。2年前に
も乗り換えの話はあったけれど、ミサ
キはこのデミオに随分と愛着があるよ
うだったし、その頃は引っ越しをした
りマイコのことでバタバタしていたか
ら話が流れたんだった。
これから家族で出かけたりする機会も
増えるだろうし、もう少し大きなSUV
にしようという方向で話はまとまって
いた。マイコがもう少し大きくなった
らキャンプに行ったり、スキーに行っ
たりするんだろうか。考えただけでワ
クワクしてしまう。
ひとつ残る問題はカラーである。デミ
オはディーラーで一目惚れしたソウル
レッドだった。もちろんこのレッドも
捨てがたいんだけど、スノーフレイク
ホワイトパールマイカもディープクリ
スタルブルーマイカも捨てがたい。ち
なみにミサキはホワイト推しで、僕は
ブルー推し。マイコに聞けばきっとミ
サキに味方するだろうから、聞かない
ようにしている。
帰りは僕が運転する番だ。祖父母にた
っぷりかわいがられ、遊び疲れて爆睡
中の娘を後部座席に残し、ミサキは助
手席に座っている。
考えごとをしていると、ちょうど隣の
車線を真っ白のCX-8が僕らを抜かして
いった。思わず僕が、あ、と声を漏ら
すと、すかさずミサキはシッと人差し
指を口に当てた。僕が何を言おうとし
たのかすぐにわかったのだろう。ヒソ
ヒソ声で、今はダメ!と言って笑って
いる。そうだった、クルマは買い替え
の話をすると調子が悪くなると言うの
で、この話題はドライブ中は厳禁だ。
デミオはこれまで通り機嫌よく快走し
ているから、今のところはバレていな
いみたい。もうすっかり僕ら家族の一
員のような存在感で、頼もしい加速も
健在。そんな健気なところがいじらし
くて、より愛おしくなったり…。買い
替えると思うとなんだか僕の方が悲し
くなってくる。
実家に長居しすぎたせいで、神戸の市
街地に近づく頃には、少し日が暮れて
きた。ポートタワーのシルエットが赤
く染まった夕空に映えている。マイコ
は相変わらず気持ちよさそうに眠って
いる。高速は少し渋滞気味で、思うよ
うにクルマが流れない。ミサキは静か
に手を伸ばすと、小さな音でラジオを
つけてくれた。
渋滞していてもこの時間のドライブは
妙に気持ちがいい。夕方には暑さもや
わらいで、ぬるい空気が街を撫でるよ
うに揺蕩っている。あのさ、と僕は小
さな声で切り出した。
「ミサキが持ってたビデオカメラ、覚
えてる?」
「ああ、あれ、どっかいっちゃったね。」
拍子抜けするほどクールだ。想像通り
のリアクション。
「それがさ、あったよ。今日の朝クロ
ーゼットで見つけた。」
え、と短く声を発すると、ミサキは目
を丸くしてこっちを見た。この仕草っ
てマイコにそっくり。そしてこれも想
像通りのリアクション。
「ちゃんと残ってたよ、僕の横顔とか」
「ほんと?見たい!」
「テーブルの上に置いたままだ。帰っ
たら見よっか」
ミサキは嬉しそうに笑う。
「マイコに見せたら、どんな反応する
だろね。」
後部座席を振り返って娘の寝顔を確認
してから、前に向き直ってまだ嬉しそ
うにしてる。
思えばもう何年も、この運転席の隣に
はいつもこの横顔があった。笑ったり、
怒ったり、つまんなそうにしたり。そ
んな彼女が、今は子どもを起こさない
ように、小さな声で話してる。つられ
て僕も声をひそめる。ようやく渋滞を
抜けたみたいだ。僕は優しくアクセル
を踏み込んだ。(終)
#助手席物語 最終話
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