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助手席物語

助手席物語 #阪神高速7号/7年後

書類を探すついでにクローゼットの中
を整理していたら、紙袋の中から見覚
えのあるビデオカメラが出てきた。う
わ、と思わず声が出た。懐かしい。こ
れって、ミサキが持ってたやつだった
ような。どれくらい前だろう…。電源
ボタンを押すとカメラは拍子抜けする
ほどあっさりと起動した。スタンバイ
モードになってすぐにでも録画がはじ
められる。僕はなぜか一度深呼吸をし
て平静を装ってから、録画のプレビュ
ーボタンを押してみた。
 
一瞬、画面が暗転して、サムネイルが
いくつも並ぶ画面になった。適当にひ
とつを選んで再生してみる。サー…と
いう小さなノイズとともに小さな画面
に僕の横顔が映し出された。まだ若い、
というか幼いような気がする。僕はク
ルマを運転している。まだ新車だった
頃のデミオの車内だ。くぐもったよう
なミサキの笑い声がして、カメラが大
きく揺れた。その動画はそこまでだっ
た。
 
胸の奥が微かに熱くなるのがわかった。
それは確か、まだデミオに乗りはじめ
て間もない頃に、いつものように助手
席に座ったミサキが回していたビデオ
だった。週末にときどきドライブをし
て、いろんなところに出かけていた。
そうだ、ちょうど7年前だ。あの頃ミ
サキはまだ、気まぐれな女の子だった。
 
僕は立ち上がって、ビデオカメラをリ
ビングのテーブルの上に置くと、キッ
チンにいってコーヒーを淹れる準備を
した。お湯を沸かして、豆を挽く。ド
リッパーにフィルターをセットし、ポ
ットとマグカップを並べて置く。一旦
ポットに移したお湯を、挽いた豆にゆ
っくりと注いでいく。コーヒーのいい
香りがキッチンに立ち込める。
 
ガチャ、と玄関の鍵を開ける音がした。
ミサキの静かな足音を追い越して、小
さく無邪気な足音がまっすぐに僕の方
に向かってくる。僕は腰をかがめて、
小さな足音の主を抱き上げた。外が暑
かったせいか汗ばんでいて、なんだか
機嫌がいいみたいだ。この子はマイコ、
もうすぐ3 歳になる娘だ。ミサキも暑
そうに顔を火照らせて、ソファにドサ
ッと座ったかと思うと、慌ただしくま
た出かける支度を始めた。
 
今日は三人で出かけることになってい
た。丹波の方に住んでいるミサキの実
家へ食事に招かれているのだ。ドライ
ブに出かけると知っているからマイコ
も上機嫌なのだろう。僕はマグカップ
ではなくて携帯用のボトルにコーヒー
を注ぐ。もうそろそろ出かける時間だ
った。
 

 
今日はミサキが運転してくれる。実家
までの道だから、詳しい人に任せたほ
うがいい。そう言えば子どもができて
からミサキも運転が上手くなった。結
婚する前はあんなにビビりながら運転
していたのに、今では縦列駐車までこ
なす。人というのは必要に迫られると
能力を開花させるものなのだ。
 
僕だって相変わらず運転は好きだけれ
ど、娘と一緒に後部座席に座っている
のも悪くない。といっても彼女はお気
に入りのジュニアシートに陣取ってひ
としきり車窓の景色を楽しんだらすぐ
に眠ってしまうのだけれど。今日は朝
早起きしたせいか、走り出したとたん
ぐっすり眠ってしまった。ドライブの
催眠効果ってすさまじい。
 
マイコが起きそうにないので僕はこっ
そりと助手席に移動して、ミサキのア
シスタントに徹することにした。彼女
は真剣な面持ちでハンドルを握り、僕
の方をチラリと見てから視線を前に戻
し、静かに発進した。後部座席の眠れ
る三歳児を起こさないように、そっと。(続)
 
 
#助手席物語 最終話
#阪神高速7号/7年後 #前編
#デミオ #家族でお出かけ
#子どもにも優しいクルマ
 
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