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助手席物語

助手席物語 #摩耶01

「たまには運転してみる?」
まっすぐ前を見たまま、カサイ君が言
った。カサイ君。もうずっとそう呼ん
できたから、今さら呼び捨てにするの
も気恥ずかしくてそう呼んでる。
君付けされることをときどき彼は嫌が
るけれど。
今日はまさにドライブ日和。右手には
空が大きく開けていて見晴らしが気持
ちいい。フンデルトヴァッサーのゴミ
処理場が小さく見える。最近乗り換え
たデミオも気持ちよさそうに走ってる。

運転か、と私は思って、とりあえず何
も考えずに「うん」と答えてみた。そ
れが予想外だったのか、彼は驚いて
「え?」と聞き返してくる。嬉しそう。
私はやっぱり思い直して「やっぱりいい
。また今度にする」と訂正する。免許を
取ってから数回しか運転したことがない
し、直近で運転したのも一年以上前にな
る。ペーパードライバーにだけはなりた
くないと思っていたけれど、気がついた
ら免許証がただの身分証明書になってし
まっていた。私がやっぱりいいと言った
ので、カサイ君はがっかりした風を装っ
て、どうしてと尋ねてくる。私が運転し
ないと言って内心ホッとしているくせに。

 
助手席に座っている方が好きだから、と
また適当に答えた。でも本当のところ、
その通りなのかもしれない。こうやって
運転席の隣に座って、何もしないでいる
のが好きだ。フロントガラスが風を切っ
てる感じとか、ただ座って移動していく
感じとかが、なんか好き。
言い訳するみたいに私がつぶやくとカサ
イ君は、うん、と相槌を打って、バック
ミラーを確認したついでに私の方をちら
りと見た。そういえばこのクルマでは、
小さい声でつぶやいたこともちゃんと聞
こえてしまうのだ。
 
「ミサキは窓の外、見るの好きだよね」
しばらく考えて
から、カサイ君が口を開いた。彼はとき
どき私のことを犬みたいに言う。でも、
確かにそうだ。私は子供の頃から窓の外
をぼんやり見ているのも好きだった。街
並みとか、街灯とか、隣を走るクルマと
か。たまには星空とか、遠くまで延々と
続く道を見るのもいい。
 
「すごい田舎道を走ったりしても楽しそ
う。ずっと空だけしか見えない景色とか」
私の考えを見透かすようにして彼が言った。
思考回路が似てきたのか、それとも偶然
か。だけど、と私は考え始める。助手席
にいて一番重要なことは、隣に真剣な顔
をして運転している誰かがいることだ。
だから一人で運転するのではダメだし、
電車から外を見るのでもダメなのだ。
もちろんそんなことは口にしないけれど。
運転中はいつもより素っ気なくて、疲れ
てくると無口になる。最初のころは怒っ
ているのかと心配したけれど、今はなん
となく慣れてしまった。
 
彼は相変わらず前だけを見て運転を続ける。
そろそろ出口だから、と少し緊張している。
 
                                      (続)
 
#助手席物語 第2話
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